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I Love Canon Powershot G2( ´艸`) デジタル黎明期のまぁるいカメラが愛機です。 へっぽこカゲンがお気に入り。
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よそさまのブログを拝見する度に驚嘆し、自分の家事の下手さに驚愕しているオナモミです。
驚嘆・驚愕してる場合かっ by夫  ナントモオモワナイヨリイイトオモイマース♪
いつも激しくへっぽこでスミマセン。 実際、全てがへっぽこデース。 てへへ。

それはさておき。 (さておきますか、自分)(ええ♪)(進歩する気配ゼロ)
みなさまが悦んでくださったラシイモノ、久しぶりに並べてみますネ( ´艸`)


clap21
・無事成功 主役:おちゃびん


clap18
・おちゃびん、おやびんに昇格する 主役:おちゃびん


clap16
・たーまんが逝ってしまった 主役:たーまん


clap15
・時代劇 in the 猫トイレ 主役:おちゃびん


clap14
・モウ退院シチャッタヨ 主役:おちゃびん


clap13
・ナイスコンビ 主役:寿実ちゃん・ピッ君
・今、ぼくらの、願いごとが叶うならば 主役:ピスたちお
・パパに捕まる 主役:ちっ君
・猫はお留守番 主役:おちゃびん、たーまん


clap12
・愉しき毎日 主役:ナミヘイ



まさに首の皮一枚! の締切間際。 修正指示待ち中。
出かけられない待ち時間に、掃除する気はゼロ。 ぶほほのほ。 (それがイケナイのだ) 

謎の暴風雨明けで雲がぽっかりこ。 週末は実家に顔出しできました。


これが事件の現場。ナミヘイが大冒険し、フネモドキは肝を冷やす
 ナミヘイがつかまっていたフェンスで御座います~~~( ´艸`)

タグ【Canon Powershot G2】【古デジ】【写真】【猫】【ネコ】【ねこ】
●お知らせふう●

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(父は要介護3の高次脳機能障害。流暢性失語症もあり。)




















父がくも膜下から生還して2年。 初めての 「ヒトリデ(勝手に)ガイシュツの大冒険」。

         

弟が休みだったので、安心して病院に行った母。
だかしかし。 残業の多い弟は、休みの日は死んだように眠る人。 致し方ない♪
お父さんエライ偉い。 カワイイ可愛い。 あはははは。 ソレデイイノダ♪
いつもは2分ぐらいしか歩けないのになー。 5分もよく歩けたなー。
お母さんに早く会いたかったんだな。 ふふふふ。


平静を装い父をひきとめていてくれたご近所さんに感謝~!
ビックリ&可笑しすぎた母も平静を装ったの巻。 エライ偉い。 カワイイ可愛い。 ソレデイイノダ♪
って。 格段の進歩につれ、こういうことも増えるので目が離せないんですよネ。
ここで怪我でもさせちゃったら可哀相。
わたしもちょこちょこ帰りますが お母さん、弟よ。 毎日ありがとネ。

         

愉しかったことを、母は絵日記にしてほしがります。
実家にいる時は家族ノートに、帰れない時は仕事のノートの裏にカキカキ。
勢いにのって書くので脱字だらけ~。 母はまるっとコピーして親戚に送ります( ´艸`)
伯母たちにとってわたしは 「一番小さな姪」 なのでイイラシイけど…イイトシナノデ、ヨクナイヨ。

仕事には、ずぅっと無印の手書きで日付を書き込むタイプの横長ノートを使っています。
以前一度廃盤になるって時があって。 「それは困るヮ!」 とありったけ買ったのです。
再発売されましたが、値上がりしてました。 わたしは1冊580円で買ったのだー♪
まだ20冊以上あります。 いくつまで働く気なんだ。 ぶほほ!

●絵日記de愉しき自宅介護●

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♪ まちの あかりが ♪



♪ とても きれいね ♪



♪ ヨ コ ハ マ ♪



♪ ほんとは 中川~ ♪
えへへうふふ


20時半に通ると、こんなことになって (縮小にてお届け)
夜景に弱いマイカメラ


花火の煙がプカプカ。 いつも 「5分って結構長いんだなァ」 と思うのでありました。

左が江戸川区、右が江東区。 正面は海。
手前にずおーっと戻ると 「中川といえば亀有」 の葛飾区と足立区へと続きます。


けっこう人が歩いてます。 サイクリングロードにはジョギングマンもイッパイいます。
写真を撮ってる人は少ないです。 綺麗なのになァ。
朝陽は左側から昇り、夕陽は右側に沈みます。
ほとんど朝陽を見たことがない、寝坊大好き☆オナモミ。 夜の散歩は愉しいリフレッシュタイム。
全身の筋肉と脳ミソがほぐれて、原稿がスッスッと書けるようになるふう。



街灯りを見ていると、無性に盆踊りしたくなります。 わたしだけ?
ちっこい頃のわたしが大好きだったのは
・21世紀音頭 http://www.youtube.com/watch?v=KwRVvrEiO0s
・大東京音頭 http://www.youtube.com/watch?v=gJelFFNwus8
リズムも愉しかったけど、歌詞にとってもワクワクしちゃったチビオナモミ。
子供はみんなそうだったようで、この2曲がかかると、子供がわーっと踊りの輪に加わりました。

60~70年代の大人は明るくてたくましくて偉かったのだなァと、今聴くと、泣けてくる。
死ぬほど働いてくれた「金の卵」のみなさんの年金がないなんて、悲しすぎる。
今を背負う大人のわたし、ガンバレ。 まずは早起きから。 ウン。

けっこう人がいても、みなさんマイワールド中。 なので、歌いながら帰るのです。 えへへ。
いい歌なんですもん。 オリジナルバージョン、盆踊りでもっとかけて欲しいヮ。

タグ【Canon Powershot G2】【古デジ】【写真】【猫】【ネコ】【ねこ】
●2011.11.7の街灯り●

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「お前はほんっとにショボイな~」 ト、イツモ言ッテタパパガ、最近 僕ヲ褒メテクレマス。



「ちっ君は、穏やかで優しくて親切なんだな」 ッテ。



ガーッ!  タマコッペガ、コンナダカラデス。  フーッ!

※たまこっぺのあまりの気合に、笑って笑って、何度撮っても手ブレてしまいましたの巻。


縄張リ意識ガトッテモ強クテ、オチャビン兄チャンモ、スミ兄チャンモ、フガーッ!ッテサレマス。



オチャビン兄チャンハ、泣イテパパニ言イツケマシタ。 「意地悪サレマシタ~」

アレハッ 僕ノ毛布デスシッ(号泣)



「よしよし」 ッテ、兄チャンハ、シーバヲ貰エマシタ。 僕モ貰イマシタ。



タマコッペハ、ピッ君兄チャンガ好キ。 ピッ君ハ、傍ニイッテモフンガーサレマセン。
 


僕モ、ピッ君ガ好キナノ。 トッテモ仲良シナノ。



ネー。


僕ハ、生マレテカラ一度シカ フンガーシタコトガアリマセン。
タマコッペガ噛ンダカラ、初メテフンガーシタンダ。
僕ノ御飯ヲトルノハイイケド 「噛ムノハイケナイヨ」 ッテ、フンガーッテ。

タマコッペハ、僕ノコト 「自分ヨリ小サイ子」 ッテ思ッテルミタイ。
僕ガフンガーシテモ、知ラン顔シテタ。



おまけ

毛布も大事だけど、たまこっぺと仲良くなりたいおちゃびん。 何度も見に行く。
 
「寝テルト可愛イイノニナー。 フーシナケレバイイノニナー。」

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●2011.6.26~29 うちの猫/ピスたちお●

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10月1日。 母が病院に行くので、お留守番に行きました。



家族ノートに 「報告マンガ」 を描くの巻。 その場の勢いで描くのデス。



以前は3分おきに 「お母さんは?」 と聞くような状態だったのに。 この半年の進歩はスゴイです。



主語だけはメチャクチャなままなんだよなァ。 ふふふ。 この日の主語はほぼ、ほにゃららゲッパー。

流暢性失語症の父は陽気で真面目。 主語がわからなくても気にしない、イイカゲンな娘。
愉しいお留守番でした( ´艸`) わたしはネ。 父はやっぱり寂しかったふう。



猛獣エリマキ☆たまこっぺが成長し、縞々なお兄ちゃんたちが奮闘した夏。
パソコンが壊れたのに放置してたりして~ 仕事に追いつめられるハメになったりして~
ためてしまった写真てば5万枚超。 ぶほほ。 まだ7月上旬までしか確認デキテマセン。
ので、わりと最近のメモ写真を。


て、わたしが撮るのはいつもメモ写真。 愉しい空気と時間をとっておきたいから撮る( ´艸`)
あとで 「何が愉しいと思って撮ったんだっけ(?◇?)」 ってことも多々ですが。 ぶほほほ。


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●愉しき自宅介護●

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ぽよよーん。 ぼよよよーん。



タヌキじゃないよ。



夏目友人帳のニャンコ先生でもないよ。



「僕ダヨ。 僕ノオ腹ダヨー」

「タマコッペニ毛布トラレタノ」 と、ベランダに遊びに来た隣のぶーにゃんに言いつけてたところ。
洗って返すから許してね、の、お鼻スイッチ。
いつもは満面の笑顔でお鼻スイッチポンなのに、悲しんでるので変な顔をしています。
(ソレデモ、ポンシテホシイ僕)

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●2011.6.27 おちゃびん●

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2011.6.26。 たま小がうちの子になった翌朝。


わたしと一緒に寝ていたはずのたまこっぺは、すまして夫のヒトシと寝ていて



おちゃびん(右)寿実ちゃん(左)の親子は、仲良くしょぼくれていました・・・ごめんねぇ。



「ココ、アタシノ巣ニスルー。 ココ、落チツクー。 サラニ落チツクヨウニシテタモレー」


  

  

  

  

  


「満足、満足ゥ」 仰向けになって手を舐める。 おくつろぎですな。



見守ってくれるピッ君。 毛布をとられたおちゃびんは、悲しみのブゴブゴ鼻鳴らし。 傍に来てくれません。



ぴょこたらぴょこたらお出かけしてしまう上に返事をしない子なので、毛糸で鈴をつけました。
  
んー。 この巣はまずかった。 場所よりも、毛布がすごくまずかった。
おちゃびんの一番お気に入りの毛布…。 たまこっぺ的にいい匂いだったのかしら…。
おちゃびんはすごく悲しんで、毛布を洗うまで許してくれませんでした。
「また自分のおうちができた」って確信した、おちゃびんの大事な毛布なんだもんね。 ごめん、ごめん。


それにしても、人間にとって最悪の座り心地のへっぽこソファ…猫からの支持率ってば異常でござる。
たまこっぺもピンポイントで気に入ってしまったので、また捨てるチャンスを失うの巻。

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●2011.6.26 たま小・おちゃびん・寿実太・ピッ君●

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いまはすっかり大きくなった、末っ子たまこっぺ。 6/25の残ショットです。


初めてのだっこ。



ゴールデンハムスターサイズ。 頭だけ、ハムちゃんよりおっきい感じ(笑)



ピッ君は最初から親切でした。(赤転びなので加工しました)
一緒にケージに入ってあげて 「マダ出ナイホウガイインジャナイ?」 とそっと押さえたり。
  


ケージから出て20分後には猫マンション最上階に。 「コノ、パパトカイウ人ハ、何シテルンデスカー」



自分で壊したパソコンを、何とかしようとしてるのよ。 「フーン、ソウデスカ」 どうにもならんけどネ。



「ドレドレ、オ兄サンガ、オ世話シテアゲマスヨ」 と、ちっ君登場。



「入レナイノニ、入ロウトスルヨー! コノオ兄サン、チョットオバカサン?」 そうとも言う…(*m*)



「ワタシハ、コッチノオ兄サンガ好キー」 ちっ君の親切は無にされました。



ピッ君はいつでも人気者。 ふふふ。 ちっ君のことも育ててくれたねー。



21時すぎ。 こっからは自由時間ですよ。 気をつけて、探検しなさいねー。

ピッ君がいてくれるから、わたしは楽ちん。 危ないところにはまだ行けないたまこっぺでした。

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●2011.6.25 たまこっぺが来た日~たま小・ちっ君・ピッ君●

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PCが壊れてからあっという間に何か月も・・・ぐほーん。



スズメさんが水浴びをしていたのは6月のことだった・・・



父がデイサービスに通い始め、張り切りすぎる母の監視に実家に行く機会が増えたのも6月・・・



綺麗な風景がいつもの年と変わらないことを悲しく感じたのも6月・・・



たまこっぺがやってきたのも6月・・・



気を取り直して東京で頑張るぞっ♪ と思ったのも6月・・・



まずは片付けと状況回復に努めましょう♪ とか思ったのも6月・・・



ヒトシが、大人のくせに何度も勝手に転んで怪我をしたのも6月・・・



もしかして想像以上に自分には無理? と思い始めたのが7月・・・



「ソシテ現在ニ至ルンダネ」 by公園のカブちゃん。
人嫌いが加速し、近づくのは可哀相なので、遠くからめいっぱいズーム。 ブレてまーす。


自分にガックリですよ。 どうして集中力がナイノカシラ。
ナイものはナイノダヨ。 と気づいた2011年の秋。 うひ。
あらゆる整理整頓がド下手な上に、興味ワクワク、気分はウキウキ。
やれどもやれども・・・は気分だけで 「実際は何もシテマセン♪」なのか?自分。 ふぅ。


その間に、たまってしまった写真、約5万枚。 馬鹿すぎる・・・涙。
そして、知らない間にブログの仕様が変わっとる・・・写真が変デス。 むぅ。
勝手に入ってしまうPRがデカすぎる。 むぅ、むぅ、むぅぅぅ。

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●夏を撮った日~2011.6●

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それは、XPが完全に壊れたあと、6月21日のことでした。


ヒトシからメール。 ある餌屋さんの住所が転送されてきまして。
「見に行け」 って意味だと思いまして、テクテクおでかけ。


何を、って。


色白の可愛い子がいますねぇ。 携帯のショボカメラで撮りますよ~。



頭をすいっと出してきます。 餌屋さん 「大人しくていい子ですよ」



隣から、ガシガシガシガシッ! 「アタシモイマスヨーウ!」



「オネガイシマース。 アタシモカマッテクダサーイ」



「オーーーネガイ、シマァァァースッ!」

ぶんぶん振り回している左手に注目(笑) たーまん模様だ。



男の子2匹、女の子2匹。 麻袋に入って土手に捨てられていたそうです。
いまどき麻袋って・・・ビックリだよ、江戸川区。 ぐほー。
餌屋さんは善意で預かっていてくれているそうで。 里親募集中なのでした。


誰も引き取らなかったら・・・と言って、この日は帰りました。
ああああ、もにょもにょするよーーーーう!


うちの猫は歴代、自分でやってきた子なんです。
里親って言葉が、なぁんかひっかかっちゃって。
1匹ずつケージに入っているのも、なぁんかひっかかっちゃって。


わたしには 「選ぶ」 ってぇのがそもそも無理ですよう。
わたしが選んだんじゃなくて 「猫から選ばれた」 から、猫たちが仲良しな気がしますし。
うああああ、もにょもにょするーーーー!



んで、6月25日。



ガシガシ子さんを・・・ぶほほほ・・・おほほほ・・・てほほほ。



総長のスミちゃんが頭をなめて、うちの子認定。 「ピスタチオ隊、入隊ヲ許可スル」



「ラジャーッ♪ 探検ニ出撃スルデアリマース♪」

「自分、【たま小】ト書イテ、タマコデアリマーーース」



三人里親が決まって、ほしい子も決まってて・・・選ばないでイイとなれば・・・えへへ。
一番最後に残った 「たま小」 が、一番最初に、おうちにつきました。


で、ミルクやったり、模様替えしたりで、あっという間に時間が・・・。
うーんと大きくなりました。 お兄ちゃんたちともすっかり仲良しです。
たーまんみたいないい子に育ってくださーい。 長生きしてくださーい。

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●もにょもにょの事情で「たま小」がやってきた●

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僕、昨日デ11才ニナリマシター。 オナモミサント初メテ会ッタ日ガ僕ノ誕生日。
手ガ1本ニナッテカラハ、モウスグデ1年。 元気デース。 太ッテマース。
走レマス。 飛ベマス。 降リルノハ苦手。 デモ助ケラレルノハ嫌イ。 何デモ自分デヤルヨ。



缶詰ハ、擂粉木ト擂鉢デ、トロプルニシテモラウンダ。
歯ガナイカラ…ジャナインダヨ。 カリカリモ、チャント食ベラレルンダモン。

ゴハン食ベルト嬉シクッテ、ジャッポリジャッポリ、ジャンプシチャウ僕。
セッカク美味シク食ベテモ、スグ猫納豆ニシチャウコトノ多イ僕。
「美味シカッタヨー」ッテ、言イタインダモン。 エヘヘ。


猫納豆、イクラ作ッテモ、怒ラレタコト、ナイヨ。
「嬉しかったんだもんねぇ。 美味しかったのに残念ね」 ッテ言ワレルダケ。
何モ気ニシナイ人ナンダ。 ワザトジャナイコトハ、怒ッテモショウガナインダッテ。



お久しぶりで御座います( ´艸`) XPなるPCがイイカゲンやばいのです( ´艸`)
ソフトを同時に立ち上げられない~。 仕事中は、怖くて仕事しかさせられない~。
仕事が落ち着いた時にやろうとすると、なぜか忍者エラーにぶちあたる~。
ゾロ目とか、楽しい日を狙う度にぶちあたりました。 ぬーん。
(楽しい日なのか) (ええ、かなり) (なぜでもデス)
昨日、おちゃびんの誕生日当日にリスタートしたかったのになぁ。 ぶふふ。
明後日が締切明けです。 また遊びに行かせてくださーい( ´艸`)

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●うちの猫/おちゃびん●

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電線で区切られた小さな空は、わたしの 「忘れがたきふるさと」 の原風景。
江戸っ子には小さな空がよく似合う。 長屋の庇の隙間から見上げたのと同じ空。

「江戸っ子は宵越しの銭は持たねぇ」なんて言いますが
なんのこたぁない。 持てない生活が普通なんでさぁ ってだけの話で。
「持てない」 を 「持たねぇ」 と言い切って笑う。
それが江戸っ子気質って奴で御座います。



高度成長期の区画整理やその後のバブルで、我が実家もそうですが
多くの江戸っ子が住むところを追われ、その他の東京の地や千葉・埼玉・茨城などに散りました。
江戸っ子は絶滅危惧種に御座います。 しくりーん。


追われ…と言っても、悲壮感はなかったですね。
「仕方ねぇ」 「めんどくせぇ」 この2つが言えればなんだって納得するのが江戸っ子です。
江戸っ子はねぇ、いい加減にいい加減。 グッド具合にナイス加減ってことですョ。
考えても仕方ないことは考えないんです。 明日は明日の風が吹かぁってなもんで。


職人・人足・様々な商人など、お上の命令で江戸に集められた人たちの殆どが長屋に住み
長屋文化は、後に借地・借家文化へと通じていく。
自分の街という気持ちはあっても、自分の家そのものに対する拘りはほとんど無いのがデフォルト。
いろんなところから来た人が火事や喧嘩で住まいを代える…なんてのが日常だったわけで
「おめぇさえいりゃあ、俺ぁ腕一本で何度でもやり直せらぁ!」 「お前さん!」 ひしっ!
時代劇でよく出てくるこんなシーンは、フツーにホントです。


何にも持ってないから、家族と家訓的集合体としての 「家」 を大事にする。
それさえあれば、なんにもいらないんでさぁ、江戸っ子は。
それしかない…だけなんだけどね。 うはは。
望んでも手に入らないものがあるのを知っている。 これは幸せなことなのではないかなぁ。



まっ平らで吹きっ晒しで川が少ない江戸の地は、獲物も敵も見つけ易いが敵からも丸見え。
ウンバウンバの原始時代から戦乱の時代にかけて、住むに適さなかったことは想像に難くない。
痩せた土から採れるものも貧弱で暮らしにくい。 てゆーか、無理。
土着の人が殆どいなかったわけで、徳川家康が江戸に目を付けたのは当然至極。
ゼロベースで町を作っていけるのだから。 家康、ナ~イス。


「俺ぁやっぱり越後に帰ることにしたよ」 「達者でな…」
「故郷に錦を飾るぜい」 「おう、頑張れよ! おい、この人に1本つけてくれ」
なんてのもフツーにホントです。 江戸時代からずっと、地方と東京は一蓮托生。
たくさんの人が働き、生き、行き来してきた1つの 「地方都市」 それが東京だとわたしは思ってる。


湯島の爺ちゃん一族がいつ江戸に出てきたものやら定かではありませんが、代々火鉢職人の家。
四角い、木で作る、火鉢、です。
「電気の時代に火鉢はねぇだろ」 ってことで、明治時代に指物師兼材木屋になりました。
土地を持ったのも自分の家を持ったのも、爺ちゃんの代で初めて…ってことで
さぞやご先祖様に 「俺ぁやったぜ!」 って気持ちがしたでしょうね。 ふふふ。


爺ちゃんはその家を三度消失しました。 関東大震災・東京大空襲・戦時中にもう一回。
関東大震災の時 「避難して戻ってきたら自分の土地に違う人が住んでた」 なんて事例をたくさん見て
空襲が激しくなった時も爺ちゃんは1人で湯島に残りました。
工具を引っ担いで走って逃げた爺ちゃんは、焼け終わった町に戻り
焼けぼっくいを拾い集めては知人の敷地を囲って回ったそうです。
「山田さんち」 「鈴木さんち」 とか、立て看板も作って。


頼まれるままにあっちでこっちでバラックを作り、壊れた水道管も伸ばし、電線を引っ張り…
爺ちゃんみたいな職人たちが、戦後の東京を 「勝手に復興」 しちゃいました。
元々狭かった東京は、もっと狭くなりました。 めちゃくちゃに発展しました。
東京にいけばなんとかなる! と、飢饉の度に江戸に人が押し寄せたのと同じ状況が何度も起り
無茶苦茶な発展と人の流入はその後も続き、バラック同然の家はバブル期でもまだ沢山ありました。 
だから 「区画整理は仕方なかった」 と、あの頃住んでいた誰もが思ったのではないかな。
うちの場合は 「思わせた」 の一翼ですけど。 うひ。



等々の話を、爺ちゃんの記憶が殆どないわたしが知っているのは
昭和30年の声を聞くまで東京に戻ってこれず、福島に疎開したままだった母が
何度も何度も 「昔話」 として わたしたち三姉弟に聞かせてきたからです。
爺ちゃんの冒険談はとても面白い。 実にくだらない。 ぶはは!


自分の家を建てるのは一番最後になっちゃって、まずは貯めたお金を見せようと福島に向かう列車の中で
胴巻きに入れていたお札を全部掏られちゃって、ケッ他人に使われるぐらいならよぉ、と
お尻に入れた財布だけに残ったお金でペラッペラのスーツを闇市で買ってオケラになった話なんてもう最高。
冗談かと思ったらほんとにホントで、暢気な婆ちゃんもさすがに激怒。 「おまけに、化繊じゃないの!」
婆ちゃん、たまの激怒で突っ込むところはそこか(そこらしい) トドメの一撃がそれか(それらしい) 
爺ちゃんは爺ちゃんで「元とりゃいいって話だろ」 と、死ぬまで着てた。
そういう話じゃないことは誰も気にしない。 なんとなく 「オイシクオサマッタ」 ので。
家族で写った写真では、爺ちゃんは大概このスーツを着ています。 わはは。
スマナイトハオモッテマス~  イッタコトハヤリマス~  てなところ。
てゆーか、なんでお札を 「まず見せよう」 なんて思うんだか。 一事が万事、この調子。
おかげで、家を建てるのにはもう1年待たなきゃなりませんでしたとさ。 めでたくない、めでたくない。


大正時代に撮った若き日の爺ちゃん。 いかにも 「やらかしそう」 な顔。

左にいるのは、シベリアに7年抑留されて爺ちゃんより早く逝ってしまった伯父。


母は、数えると幾年も親と過ごせていません。
結婚後10年以上子供ができず 「だったらもっと遅く結婚すりゃよかった」 とか言ってます。
「お母さんだけ、本郷小学校を卒業してない」 もトラウマの模様。 (中学はどうでもいいらしい)
親の元に帰る、東京の土になる、そう念じて1人遠い親戚の家で過ごしてきた母。
だから、8人いる兄弟の中で一番、親の教えを大切にしてきたんだなぁと、今、思います。
「一汁一菜」 「贅沢無用」 「今日を楽しめ」 とか、いろいろ。
働いて、きちんと食べてりゃいいんだよって。 貧乏暇無し。 暇が無けりゃ悩みも無し。


結果として正しいとわたしが感じるのは、爺ちゃんも親の言うこと聞いてきたってことなんだろう、と。
言い方やタイミングで家族決裂の元ともなる家訓は、経験を通した愛情の塊。
家族と仕事が心の全てだから、子供たちには近くにいて欲しかった爺ちゃんと婆ちゃん。
念仏のように 「在京の人としか結婚させねぇ」 と呟き続け、そのとおりにし
「いつの時代の話だよ」 と文句を言っていたわたしたち姉妹も、そのとおりになりました。


高校生になってから農家でご飯をご馳走になって、死ぬほど吃驚したっけなぁ。
「おかずがー! ありすぎるーーーーー!」 魚半身で、丼三杯いけるわたしには豪勢すぎたの巻。
平成はもうすぐそこ…の頃の話です。 同年代の東京の子の多くがそうだったと思います。
エビフライとかクリームソーダとか、夢だよ、幻だよ。 ステーキって何?ですよ。 わはは。
いや、あるのは知ってる。 子供の頃からある。 語れるほど食ってないって話。
家族で外食したら、嬉しそうに学校で自慢するもんでした。 いいなぁって、褒めあう。
どの地方都市よりも食卓は貧しかったと思いますね。 ふふふ。
なんだって高いもん。 食べ物は外から来るものに頼るしかないから。


うわー豪勢! 贅沢! 美味しい! と食べまくったわたしに農家のお婆ちゃんは
「自分で採ったものを粗末にしたくなくて必死で食べるだけだよ」 と。
「トマトもったいなくてジュースにして死ぬほど飲んだら死ぬほどお腹壊した」。 もはや武勇伝。
だから、農家での 「ご馳走」 は、贅沢のようで血と汗と魂でとっても有難かったのだけど
贅を楽しむってぇのは落ち着かないです。 居心地悪い。 こっ恥ずかしい。 うひ。 
豪勢な場所は全て、外様の東京人やデートのためのもの…と感じる。
ケーキの食べ放題とかも絶対無理~。 なんの拷問だよって感じふう。
新しいお洒落な店とか、正直どうでもいい。 隣のお蕎麦屋さんが元気でいてくれることの方が、大切。



震災から一週間で、住まいとしての東京は静かになりました。
外様な東京人も外国人も、その多くが本拠地へ帰ってしまったから。
ホームへ帰る。 家族の元へ帰る。 とても自然な気持ちだと思う。
物としてのホームがある場合はなお更に。


テレビでは 「東京中から物が消えてパニック」 みたいな報道がされていたけれど、それは極一部で
分母に対して分子が減ってるんだから、電池以外はなんでもありました。
水騒動も何の話? ってなもんで。 ちびっ子たちに、安心安全なお水は、どうぞどうぞ。
金臭いかプール臭いのがデフォルトの東京の水。 乾いた喉で飲みゃ、何だって美味いよ。
水を買いに走ったのは、絶対、江戸っ子じゃねぇ(笑)
ってことで 「海老蔵は江戸っ子文化の面汚し」 のニュースに座布団10枚。
「意外に含まれていた量は多かった」 のニュースは知ってるけれど、飲んじゃったもんは仕方ねぇ。
爺ちゃんたちは死体がたくさん浸かった川の水を飲んで生き抜いてきた。 健康に生んでもらった。
これからも健康で死ぬまで生きる♪ と、信じるしかないわな。


絶滅危惧種の江戸っ子としては、今の静かな東京は
小さい頃の下町が帰ってきたようで、悲しくはなかったりします。
地上げで変わってしまった町並みがあの頃に戻ることはないけれど
江戸っ子文化が帰ってきているのを感じて、おうっ、なんかしなくちゃな、と思ったり。
なんかってナンダヨは考え中。 ぶほほ。


東京には、江戸時代からワケアリの人が多いのもこれまた事実。
流れる人波の中でひっそりと、ゼロから人生をやり直すのには最高の町。
「過去ってもんはどうしようもねぇ。 どうにかできるのはこれから、だぜ」 ってなもんで
よって人の過去を聞くのは野暮。 てめぇ語りから入って、人と仲良くするのがデフォルト。
まずは自分を曝け出して、相手が間合いを詰めやすくするのが暗黙のルールです。
これが他文化圏から見ると無関心や自慢しぃに見えるわけだけど、違うんだよなぁ。 ふふ。
「東京は挨拶しないのがフツー」 とか、何言ってやんでぇこの馬鹿めって感じふう。
義理人情・仁義はすっげぇ大事なこと。 間合いが大事、粋のツボ。
質問ばっかりする人は、東京では困られます。 言わなきゃわかんねぇのがもうめんどくせぇ(笑)
おしゃべりな人が言わない。 これがどういう意味か、どうしてわからねぇかがワカラネェ(笑)
「仲良くしたきゃまずはてめぇを語れ、駄洒落もきかせて宜しくな」 ってなところ。
「話すのが上手くねぇなら、相槌上手でひとつ宜しく」 と、てめぇ語りに拍車がかかる。
さあこの話の流れに乗ってこい。 乗ってこれたらもう今日から仲間だよってなもんで。


この辺が通じる江戸っ子魂のある人だけが街に残った感じがします。
駄洒落交じりの声掛けと江戸っ子気質が、なんとなぁく復活中なのを感じます。
細かい定義は無視無視。 江戸に住んだら江戸っ子で~い。
大都市とか首都とか、なぁんか面映ゆいナァって一番思ってるのは江戸っ子ではないかな。
便利とギュウギュウは紙一重で、それは不便に通じるもの。 「めんどくせぇ」 です。
イタリア式とかドイツ式とかイギリス式とかに拘ってフォーク使わなくちゃいけないんだか、意味わかんねぇ。
醤油さえありゃいいんだけど。 高嶺の花より今日の醤油ときたもんだ、と。


西からいろんなものが下ってきて、江戸に根付いたもの、根付かなかったもの、いろいろあります。
人もまた然り。 狭い空を悲しく感じる人は根付けない街。
狭き貧しき東京も、ビッグシティ東京の大きな一面。
何を恥じることがあるかってんでい。 今日を一生懸命生きてきた人の歴史そのものだ。



レベル7の発表があって肝が据わった人が増える中
液状化のあった江戸川区や江東区には人が戻ってきていません。 他の区はどうかなぁ。
東京を一瞬でも愛したみなさん。 いつかまた帰ってきてみてください。
醤油味しかしない蕎麦やうどんを、不味い不味いと食っておくんなさい。
それを美味いと感じるようになったら 「おう、あんたも江戸っ子だぁ」。


因みに、外様なカッコいい新都民に押されて大人しくしてきたお年寄りたちは、なんだか元気。
「土になるなら東京で」 そう思っているからでしょう。


集団疎開でよそ者扱いされた辛さが、誰の脳裏にも蘇っているはず。
帰ってきたら何も無かった悲しさが、誰の脳裏にも蘇っているはず。
家族を亡くして1人で生き抜いてきた人は、買占めにも走ったろうと思う。
頼りになるのは自分だけだった辛い頃が蘇ったろうと思う。
「年寄りのクセに買占めするな」 の報道は、東京近代史を何も踏まえていない。
その報道の仕方では、東京人でなく似非都民って呼ばねばならぬふう。
東京を語る報道陣に限って、出処不明の人である謎。
ルーツは大事だ。 ルーツあればこその、あれもよき哉これもよき哉。


あるはずのものを無くす辛さと孤独を知っているのは、お年寄りだ。
今泣いている被災地の子供の辛さは、空襲て壊滅した都会の子供だったお年寄りが体験してきた辛さ。
歯を食いしばってただただ頑張る大人たちの姿は、わたしの祖父たちが母たちに見せた姿。
60年以上の時を超えたPTSD。 これに気づかない人が多いのは、戦後教育の大失敗だ。
見て、語り継がれて来た東京の過去。 お年寄りを大切にしない街なわけがない。


長っ! しかも滅茶苦茶だ。
さんざっぱらてめぇ語りしといて 「で、なんだっけ?」 と、人に聞く。
これまた江戸っ子のお約束。 難儀だねぇ。 ぶはは!


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●最近無駄に考えたこと●

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建物の隙間からこぼれる夕陽。 子供のころから馴染んできたスキマノヒカリ。
ウサギも小鮒もいないし山もない。 スキマノヒカリが 「忘れがたき故郷」 の原風景。



スキマノヒカリは地面に面白い模様を作ってくれるから
下も向いて歩かないとモッタイナイ。



スキマノヒカリは自転車置き場すら神々しい場所に変身させてしまうから
寄り道しないとモッタイナイ。 きょろきょろ小走り。



スキマノヒカリは中川に浮かぶ夕陽になる。 残念ながら蹴る小石は無し。
「葛飾ラプソディー」 ここに来たら必ず歌います。 何度でも歌うアホー。



葛飾亀有あくびをひとつ …って、ここは江戸川区。
歌いながらバシバシ撮るアホー。 毎回撮るアホー。 分刻みで撮るアホー。



中川に浮かぶ夕陽が沈んでいくのは、お隣街の江東区。
川沿いに右に行くと亀有です。 「とんがり帽子の取水塔」 は、金町にあります。

中川はスキマじゃない空がお手軽に見えて大好きな場所。
荒川や江戸川で見る夕陽も好きです。 でもやっぱり中川で見る夕陽が一番好き。
寝坊助生活なので、朝陽は滅多に見られません。 ぶふふ。
さて、ヒトシに焼き鳥とビールを買って帰りますか。 食べさせるのは、夜中。


わたしのほんとうの故郷、湯島も早稲田も、川は細くて浅くて汚くて。
それでも夕陽はピッカリ光って綺麗でした。
お風呂屋さんの煙突に月が掴まってるところとかね、スキマから見る空は空で、楽しいです。
スキマから見るからこそ、うーんと綺麗に見える時もあって。 それがすんごく楽しい。
でも、地方から来た人にとっては、故郷を思って悲しくなってしまう光景なんだろうなって思う。

● ● ●

て、お久しぶりです。
震災と計画停電で電車の時間が読めず、バスなんてもっと時間が読めず
タクシーにいたってはお金まで読めなくなるので歩きに歩いた1ヶ月。
自転車の方が楽だけど、都内は自転車を安心して置けるところが少ないんですョ。
なんか、1日の時間が足りませんでしたョ。
仕事で歩きすぎた日はリハビリにまた歩いたりしてて。 ぷふふ。

元々散歩は大好きで、一気に30kmぐらいは余裕で楽しく歩けるのですが
撮影機材や資料を担いで歩くのは、散歩と全然違いまするな。
筋肉はどこもなんともなかったけれど、尾てい骨がガリリ、ガリリと。
軟骨が足りないふう。 焼き鳥は鶏軟骨にすればよかったふうのネギマ好き。

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●夕陽●

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富士フイルムさんが、写真が水や泥などをかぶった際の対処法を公開してくれています。
http://fujifilm.jp/information/articlead_0094.html
いろんな企業さまに、日々感謝。



企業も、町も、人でできている。 しみじみ。

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激しい液状化で噴出した泥を含んだ風が舞う。 マスクをしていても泥の味がする。



家の前の地割れ。 震災当日の帰宅は深夜になったので気づかなかった。



あちこちに陥没や1m近い泥の山…新浦安はもっと酷いそうですが、頑張りましょうね。



いつも途中下車の人で賑わう北千住の午後は、早朝のような静けさ。
 
街から外国人の姿が消え、何をするでもない若者たちの姿も消えた。
わたしたちのような都心から仕事で訪れる人間と地元の人しかいない。

北千住は、北関東から働きに来る人の街であり、北関東へ帰る人の途中下車駅。
買占めとは無縁の静けさが街に満ちている。 北千住のお年寄りは、淡々と日常をおくられています。
東京大空襲の時にまだチビッ子だった方々…「あの時もここに住んでいましたか。」

● ● ●

わたしの母方の実家は湯島にあり、関東大震災と空襲で三度全焼しました。
指物師だった祖父は、同じ場所に三度家を建てました。
ご近所さんのバラックも家具も、たくさん作りました。

チビだったわたしの母が湯島の家に帰れたのは、昭和28年も半ばのこと。
まだ労働力とならなかった母は、湯島に戻ることを赦されませんでした。
長いこと疎開させられていたわたしの母は、復興していく東京の姿を知りません。
高校生になって東京の土を踏んだ時の震えるような喜びを、忘れられないと申します。
被災地のみなさんの愛する土地に残りたいという気持ちが叶いますことを…。
愛する土地で、愛する人々と…だから祖父も三度家を建てることができた、そう思うから。

余談ですが、祖父が必死で守った湯島の工場は今はありません。
戦後復興そのままの姿を残す一角から、わたしの祖父の工場だけが消えました。
シベリアから必死で帰った跡取りの伯父が亡くなり、それでも工場を続けた祖父と祖母が亡くなった時
母たち兄妹は相続権を放棄しました。 そしたら嫁さんが…黙って売ってしまって行方知れず。
「おいおい、おばさん。 一番チビの姪っ子のわたしでも、とても悲しかったぞ。」
愛ってなんだろう。 家族ってなんだろう。
湯島の工場が消えても、爺ちゃんの思いを、けして、忘れない。

● ● ●

北千住の空は、静かだ。



街のあちこちに貼紙が。 病院も節電に協力しています。
  
藝大生の言葉が耳に残る。 「芸術家にできることなんて、今、あるのかな」


ありますよ、きっと。 それを考えるのが芸術家の仕事。
できる人ができることを、誰かのために、何かを。
悩んだあなたは芸術家としての大きな一歩を踏み出した…そうわたしは信じてる。


街から消えた、何をするでもない時間と心を持て余した若者たちは
家で親孝行をしている…そんな気がします。

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●東北関東大震災から一週間●

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※お休みしてる間にブログ仕様が変更になり、トップエントリー下部に巨大PR写真が入るようになっていました…引っ越しマジ考え級にイヤ~(号泣) 華麗にスルーしてくださいまし~(*~*)
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HN:
オナモミ
 
2001年発売のG2、max400万画素。部品保管期限2010年明けにて終了。絶滅しないよう5台保有。名前は全部デジオ。大き目の光学レンズ付きで、オモシロイ撮れ味。くだらなくも愉しき日常を惜しみなく切り取るのに、なんともいい具合のカメラです。
PowerShotA630・ViviCam5050で撮ったものも、時々登場する予定。

         

2009.12.27 コメント欄付けました。
どうぞのんびりしてください。好きなことを書いてください。写真ばっかりだけど、写真ブログとはイエマセン。ぷ。猫が多いけど、猫ブログでもないのです。ぷぷぷ。

         

2011年12月、6台目のデジオ購入。
直すのもそろそろ限界なのですぅぅぅ。
飽きてしまった方、オークションに是非ご出品くださいませ。可愛がりますから( ´艸`)
something more
オナモミは、子どもの頃から好きなもののひとつです。投げてヨシ、くっつけてヨシ。あってヨシ、なくても実はコマラナイ。そんなオナモミがわたしのHN。

だがしかし。名乗ってから知る☆花言葉。
≪怠け・頑固・粗暴≫…ヒドイヮ!ぶほー!

くっつかない 巨大オナモミモドキ

コレは痛いだけでツマリマセン


         

◆おじゃもみ亭とは(?◇?)◆
「オナモミが、もじゃもじゃする場所」。
音ガ一番愉シカッタノデ。あはは。
オナモミ~~お茶のみ~~と発音しながら愉しい音を探す、莫迦な大人を想像してミマショウ……ハイ、それがわたしです。

  この絵は願望です。
  実際は、超胃下垂の為、残念なほどに
  トリガラ子で御座います。ぐほーん。


G2はそもそも400万画素しかないのに、キャビネ気分の小さめ・粗めで、もじゃもじゃバシバシ撮るのが好き。レンズフレアが好き。飛ばし気味・赤転び気味も好き。撮影時期は、昔だったり今だったり。「東京から出ることのないマヌケなオヤジ系の生き物の日常」ふう。
仕事も親戚もみんな東京。しかァし、お洒落度ゼロふう。何事もテキトー星人ふう。絶滅危惧種の江戸っ子カメラー(?)。趣味は、たぶん迷子的散歩。
愉しい・可愛い・面白い……そんなことを考えるのが好きなので、時々話が長いです。



Photo & Copyright©[おじゃもみ亭]
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イラストは「もずねこ」さんからお借りしました。
         
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忍者は静かなイイトコロ。そこがとってもスキナトコロロ。商用ブログ&同人系が多いので、サービス内で素敵なブログを見つけ難いのが難点です。そこで、blogramとブログ村にちょろりーん。現れましたら、ゆるりとお相手くださいませ。

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※拍手コメントは、通常のコメント欄へは反映されません。忍者の仕様ですの~。いつも愉しく拝見しております。ありがとうございます。

         
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